2005-06-20 (月)
『バカの壁 / 養老孟司』読了
そいえば、『バカの壁 / 養老孟司』を読んでいます、のあとを書き忘れていた。
養老さんが口頭で話したものをまとめたもの、という体裁なため、おそらく他の著書等で語られているであろうことの入り口のところと「結局のところ」みたいなことがさくさくっと述べられている印象で、読みやすくて面白い。
文章にまとめるのではなく、話して聞かせる場合、途中を端折ることが多い。
「実際にはそうとは言い切れないんだけど」とか「厳密には」ってところを飛ばすので、突っ込みどころは多いのかも知れないけど、その分やはり人の話を聞くときのように、楽ちんで面白い。
この本に書かれたことを膨らませて、いくつか書きたいことがあったのだけど、うまくまとまらないので何を書こうとしたかだけ書いてお茶を濁しておきます。
まず、頭だけで考えたことは信用なんねえ、っていう最近のアタシのテーマ関係。
頭だけで考えてると、科学という宗教に陥る。
天動説→地動説みたいなことが、明日起こるとも限らない。
といったあたりのことを考える時にアタシが思い出すのが、実は石川さん。
石川さんが読者からのメールに答えているいろいろなコーナーを覗くと、「Aだっていうけど、Bだったいう例もあるよねー」「俺の知り合いにCだけどDだっていう人もいるよー」と、「これが絶対だ」という意見に対して「ほんとにそうかなー」と真摯に揺さぶりをかけていて、すごいなーといつも思う。
頭、脳、といった話のあとに続くのは身体の話。
脳から脱して身体、ということになると当然アタシの場合、森づくりワークショップの話と結びつく。
けど実はその前に、石丸だいこダンスワークショップというものに参加したときの体験がある。
「自由に身体を動かして」と言われたときの、自分の「動き」のボキャブラリーの無さに愕然とした、っていう話。
このあたりから「土」ってことと、道に唾を吐いたり歩きタバコをしたりって話を考えているのだけど、つらつらーっと書くにはシビアな話題なので却下。
そして無意識とか共同体の話へ。
100マス計算の人だったかなあ。
テレビ番組で、「学力の低下した子どもたちに欠けているものは?」とかやっていて、「ゆとり」とか「対話」とか「人を思う気持ち」とか「親との云々」とかいろいろ挙げられている中、その先生が「どれも確かにそうかも知れませんが、現代の子どもにいちばん欠けているのは睡眠時間です」と答えていて、「おお」と思った。
現代人は、起きている時間だけが存在していて、寝ている時間は「ないもの」としている。
寝ている時間は勿体ないと思っている。
それが脳社会、と『バカの壁』ではいろいろ書かれている。
共同体。
共同体からの排除は死を意味する、というのは大げさかも知れないけど、村八分というように…といった話から、インドのカースト制というワークシェアリング制度の話などなど。
というわけで、全然つながらない上にまとまりもない、たたき台のようなものだけ書いておいてこれにておしまい。
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